アンソロジー発売になります

マジカル☆ストリート10『学校の魔法使い』(偕成社)というアンソロジーに、短編が収録されています。
私の書いた作品は「使い魔、満月集会に行く」というタイトルです。
かわいい黒猫が出てくるユーモラスで笑える感じの楽しい物語を書いてみました。

ちょっとお休み

物書きの友達が、仕事とはべつに日記を更新しているのを見て、すごいバイタリティだなあと思っていた。
自分は、仕事の原稿だけで精一杯で、とてもじゃないけれども、それ以外の文章なんて考える余裕はなかった。仕事をしていないときには、一字だってキーボードを打ちたくないし、一秒だって机のまえに座っていたくない。だから、ブログなんて絶対にできない、と。

目や手首や腰を守るべく、できるだけパソコンを使わないように心がけていたり、そのほかにもいろいろと思うところがあって、一時期、インターネットというものから離れていたことがあった。

しかし、テレビのない生活をしている上に、ネットも見ないとなると、あまりにも浮き世離れしてしまうし、異国の地で生まれた姪っ子の姿を見るのにはWorld Wide Webはとても便利で、被災地で暮らす友達の様子を知るのにもWeblogが役に立ったりということもあって、またネットの世界に戻ってきた。

そんなこんなで、はじめてみたブログであるが、やっぱり、だめだ。
思いっきり、仕事に差し障っている!
いやはや、思考がエッセイモードになるというか、小説を書くために使うべきリソースが割かれてしまって、明らかに原稿の進み具合に影響が出ているよ。

そろそろ、ブログの更新なんかしていると担当編集者に合わせる顔がない事態になってきた。
バレンタインデーに、素敵なチョコレートが送られてきた。
ホワイトデーのお返しには、完成した原稿を渡さねばなるまい。

そういうわけで、しばらく篭もるので、更新お休みします。
「言葉を教える」のその2その3や、保育園選びのポイントや、息子の最新ギャグなど、書きたいネタはいろいろあるのですが、まずは仕事の原稿が最優先です。

抱っこ!

料理中、息子が「だっこ!」と言う。

コンロには火がついており、フライパンのなかには、野菜炒め。片手には菜箸を持ち、リズミカルに、絶妙のタイミングで、素材のおいしさを引き出そうとしている。
だが、そんなときでも、私は手を止める。
火を消して、流れ作業を中断させ、まだ固い野菜を放置して、息子のところへ行く。
そして、ぎゅっとしてあげる。

これが、ほかのこと、たとえば
「いっしょに、あそんで」
「ぶろっく、みて」
「ごほん、よんで」
などの要求であったら、
「あとでね」
と答える。
そして、こちらが用事をすませるまで、静かに待たせる。
待つことをおぼえて、がまんができるようになるのも、大事だ。

けれども、「だっこ!」だけは、べつである。

抱っこを求めているというのは、緊急事態だ。
バッテリーが切れかけている。
充電しなければならない、いま、すぐに。

だから、なにをしていようと、どんなときであろうと、ぎゅっとする。
子供を抱きしめる以上に、重要なことがあるだろうか。

作りかけの野菜炒めがべちゃっと水っぽくなってしまうのが、なんだというのだ。

抱っこは、特別な時間だ。
真剣に、全身全霊で、抱っこに集中する。

なので、外出時など、移動ための手段として、抱っこはしない。
歩けるときには自分で歩かせて、疲れたらベビーカーに乗せる。
「おうちに帰ってから、ゆっくり抱っこしようね」
もし、それでも「だっこ!」と言うときには、道ばたに座り、しばらく抱きしめる。

体調が悪いとき、保育園でがんばったとき、叱られたあとなどは、バッテリーの減りが早い。その分だけ、たっぷりと充電を必要とする。

抱っこをしているときには、決して、こちらから「もういいでしょ。はい、おしまい」などと言って、途中で切り上げたりしない。
息子が完全に満足して、フルチャージされるまで、抱きしめて、待つ。

そうすると、息子はごきげんになり、こちらも育児が楽である。

保育園の赤ちゃん

「ととくん? これ、ととくん?」

赤ちゃんの写真や、ちいさな子供がお母さんに抱っこされている絵などを目にすると、息子は決まってそうたずねた。
自分が赤ちゃんだった頃の写真を見るのが好きで、赤ちゃんといえば、自分のことだと思っていたのだ。

ところが、最近は、少しちがってきた。

「ヒナちゃん!」

チラシに写っていた赤ちゃんを見て、息子はそう言ったのだ。

ヒナちゃんとは、保育園にいる生後三ヶ月の女の子である。

息子のお迎えに行ったとき、赤ちゃんの部屋のまえに、ほかのクラスの子供たちが集まっているのを見かけた。

「あかちゃん、みていい?」
「おどろいちゃうから、ひとりずつ、しずかにね」

先生に招かれ、子供たちはそっーと、赤ちゃんに近づいていく。
そして、息をひそめて、そのちいさな指、ぷにぷにのほっぺ、よだれだらけの口をじっと見つめる。

そんなふうに、息子も赤ちゃんを間近で見せてもらったのだろう。

「ヒナちゃん、しゃべんない」
「ヒナちゃん、ねんねしてた」

はにかみながら、保育園にいる赤ちゃんのことを教えてくれる。

自分に妹や弟が生まれた場合には、赤ちゃんのせいで母親がかまってくれる時間は減るし、ジェラシーを感じたりして、すなおに可愛がることはむずかしく、愛憎入り交じってしまうものかもしれない。
けれども、保育園にいる赤ちゃんに対しては、愛情の取り合いをする必要がない。自分にはちゃんとほかに担任の先生がいるし、うちに帰れば母親を独り占めすることができる。
なので、子供たちは赤ちゃんが大好きで、ヒナちゃんは保育園のアイドルだ。

私が本を読んでいる横で、息子はペットボトルやコップを持って遊んでいる。
そのようすを見ていると、こんなことをつぶやいていた。

「みるく、つくってる。まぜまぜ~」
「まっててねー。もうすぐ、できるよー」

ひとりっこの息子にとって、保育園で異年齢の子供に囲まれて育つのは、情操教育という面でも、とてもよい経験になっていると思う。

そんな息子の最近の口癖は、こうである。

「あかちゃんじゃないよ、おっきいちゃん!」

ついに、ギャグまで……

息子、ごはんを食べ終わったあとに、大きな声でさけぶ。

「ごちそうちーず!」
「ごちそうわんわん!」
「ごちそうどっこいしょかぶ!」

ほんま、次から次へとくだらんことをよう考えつくなあ……。

食べるまえの「いただきます」は、ふつうに言う。
たぶん、おなかがすいていて、すぐに食べたいから、考えている余裕がないのだろう。

おとなの味

友達からプレゼントされたチョコレートが身震いするほど美味しい。

なんでも京都にある専門店のチョコレートということで、カカオバターや植物油脂を加えず上質なカカオ豆と生クリームと少しの砂糖だけで作られたガナッシュは、口のなかでとろけると奇跡みたいに力強いカカオのアロマが広がって、しばし恍惚となる。

さて、食育というと大げさであるが、息子には幼いうちから「本物の味」を知って欲しいと思っている。
出汁は昆布やかつおや煮干しでとるし、味噌は昔ながらの杉樽仕込みで長時間熟成されたものを選び、醤油も無添加の本醸造である。

だが! しかし! このチョコレートはだめだ。
二歳のうちから、こんなに美味しい本物のチョコレートの味を知ってしまってはいけない。

チョコレートは四粒入りだったのだが、これがまた素敵な木製の箱に入っていて、息子は興味津々であった。

「それ、なあに? なあに?」
「これ? 苦いやつ」
ビターテイストのチョコレートだから、嘘は言っていない。

「にがい? おくちゅり?」
「うん、そうだね。お薬みたいなの」
昔はカカオは薬効のある飲み物とされていたので、嘘は言っていない。

「おとな? おとなの?」
「そうそう、大人しか食べられないよ」
こんな高級チョコレート、大人だって滅多に口には入らないよ!

うちではふだんから「これは大人だけ」という食べ物(キムチや大根おろしなど)が食卓に並ぶので、息子は今回もすんなり納得したようだった。

こんなふうに「子どもにはまだ早い」というものがあると「大人への憧れ」や「早く大きくなりたい」という気持ちにつながるのではないだろうか。
というようなことを考えながら、美味しいチョコレートを独り占めしたのであった。

年間の医療費

病弱な性質なので、毎年、医療費控除を受けることになる。

医療費控除とは、おおざっぱにいうと、その年にかかった医療費のうち、十万円以上の分については税金が免除される制度である。

つまり、年間で病院などに支払った分が十五万円あると、五万円分の税金が還付される。で、たまに確定申告の経費などでも勘違いされるのだが、かかった分の金額はまるまる返ってくるわけではなく、控除される金額が五万円なら、そこから税金として引かれている十パーセントである五千円が返ってくる。

出産した年には、経過があまり順調ではなかったので複数の診療機関にかかったり普通の妊婦より多くの検査を受けさせられたということもあり、医療費が六十万円を超していて、出産一時金の三十五万円(当時・翌月から四十二万円にアップして少し悔しかった)を引いても、かなりの控除を受けることになった。

そして、今年も仕事の確定申告をするのと同時に、医療費の計算をしていたのだが、なんと、弾き出された数字が十万円以下だったのだ!

まさか、年間の医療費が十万以下だとは……。
いや、それだけ、去年は病院にかからずにすんだということで、結構なことだとは思うのだが。

しかし、これでは医療費控除を受けることはできない。
領収書を集め、数字を打ち込み、計算した労力は、まったく無駄だったということに……。
先週はぜんぜん原稿が進まなかった上に、やっていた作業が無意味だったので、かなりショックだ。
事務能力の高いひとにとってはなんでもないことかもしれないけれど、私にとっては四日もかかる仕事だったんだよ……。

年間で八万くらいしか医療費を使っていないなんて、自分も健康になったものである。(世のなかには医療費をまったく使わないですむひともいると思うが、あくまで、自分のなかでの基準で)

これまではちょっと具合が悪いとすぐに病院に頼っていたけれど、息子が生まれてからは「病気になんかなっていられるか!」という気概で頑張っている。

ちいさな虎さん

赤ちゃんがハイハイしている姿は、かわいい。

「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉があるが、息子がハイハイをしていたとき、私は「好きなだけハイハイをして、一日でも長くこのかわいい姿を見せておくれ」という気持ちだった。

歩くどころか、いまはすっかり走りまわっている息子であるが、押し入れを整理していて、ハイハイをしていたころの洋服を見つけると、当時を思い出して、きゅんっとなる。

ハイハイ期の愛らしさを堪能するべく、そのころはよく、虎の着ぐるみのようなカバーオールやロンパースを着せていた。

赤ちゃんをつれていると、見知らぬひとに声をかけられることが多い。
「この時期がいちばんよねえ」などと話しかけてくるのは、たいてい、おばちゃんだったが、息子が虎の着ぐるみ姿のときには、おっちゃんの率があがった。

もちろん、おっちゃんは息子を見て、こう言うのである。

「おっ、阪神タイガースやな」

息子の新ネタ

最近、息子の一押しのボケは「穴に落ちる」である。

溝などがあると、はまらずにはいられない。
そして、両手をさしだして、こちらに言う。

「おちたよー、たしけてー、たしけてー」

しかたないので、助けに行く。

「うんとこしょ、どっこいしょ、とうとう、トトくん、抜けました」

余裕のあるときにはこれくらいつきあって、両手を持って、引っこ抜いてあげる。
面倒くさいときには「すっぽーん、はい、抜けた抜けた」ですませる。

たまに、溝でもなんでもないただの地面でも、はまる。

「たしけてー、あなだったー、あな、おちちゃったー」

本当に、こういうの、どこでおぼえてくるのか……。

五十年後の世界

五十年後のことを考える。
西暦2062年。
そんな年代、SF小説に出てくる近未来社会みたいだ。

息子、五十二歳である。
そのとき、世界はどうなっているだろう?
そのころにも、彼はこの国にいるのか。

・グローバリゼーション、フラット化はますます進むだろう。

・国内出張と同じような感覚で東アジアを行き来したり、中国やインドに働きに行くひとも増えるんじゃないかなあと思う。

・もしかしたら、少子高齢化対策として、移民の受け入れをしているかもしれない。

・それにともなって、国籍の違う者同士の結婚も増えるだろう。

・そもそも、結婚という制度は、まだ機能しているのだろうか。

・温暖化は進んでいるのか。近未来といえば、日本には雪が降らなくなり、常夏の国になっているイメージだが。

・なんだかんだ言って、紙の本は廃れちゃって、きっと、電子書籍が主流になっているのだろうなあ。

・いまより五十年前の多くのひとが、まさか五十年後にはほとんどのひとが携帯電話というものを持っているのが当たり前の社会になるなんて考えもしなかったように、いまはまだ影も形もないような「なにか」を、五十年後にはみんな当然のように使っているのだろう。

・個人レベルでの遺伝子解析も血液検査みたいに普通に行われるようになり、これまでは知らずにすんだような情報がどんどん明かされてしまう世のなかになっているのを想像すると、薄ら寒い気持ちになるのは古い時代の人間の感覚だろうか。

・五十年くらいでは、宇宙はまだ遠いか。

・細分化、価値観の多様化、その反動として宗教的コミュニティの台頭。

・税システムの世界規模での是正。

・そして、世界規模での社会保障への流れ。

・第三次世界大戦が勃発していない、とは言い切れない。

・強力な磁気嵐が起きて、文明がリセットされているかも。

・資本主義は行き詰まり、貨幣の価値が暴落、それに変わるものが出てくる。

最後のひとつが、最近、私の考えているテーマだったりするのだが、まあ、それはおいといて。

そんな五十年後であるが、自分は八十四歳だ。
医療技術の進歩を考えれば、生きている可能性も高そうではある。
だが、五十二歳ともなれば、母親を看取っていてもおかしくはない。

なにが「未来社会を生きる五十二歳の男」にとって幸せか、なんて、私にはわからない。

私には「子供の将来のために」と自信満々で押しつけることのできる考えや価値観なんてものはない。

息子の人生については、本人が考えるしかないことだ。
もし、できることがあるとすれば、学ぶ方法を伝え、自分で考えるための力を引き出すことくらいだろうか。

これは息子に対してだけでなく、子供たちに向けて小説を書くときもおなじかもしれない。