抱っこ!

料理中、息子が「だっこ!」と言う。

コンロには火がついており、フライパンのなかには、野菜炒め。片手には菜箸を持ち、リズミカルに、絶妙のタイミングで、素材のおいしさを引き出そうとしている。
だが、そんなときでも、私は手を止める。
火を消して、流れ作業を中断させ、まだ固い野菜を放置して、息子のところへ行く。
そして、ぎゅっとしてあげる。

これが、ほかのこと、たとえば
「いっしょに、あそんで」
「ぶろっく、みて」
「ごほん、よんで」
などの要求であったら、
「あとでね」
と答える。
そして、こちらが用事をすませるまで、静かに待たせる。
待つことをおぼえて、がまんができるようになるのも、大事だ。

けれども、「だっこ!」だけは、べつである。

抱っこを求めているというのは、緊急事態だ。
バッテリーが切れかけている。
充電しなければならない、いま、すぐに。

だから、なにをしていようと、どんなときであろうと、ぎゅっとする。
子供を抱きしめる以上に、重要なことがあるだろうか。

作りかけの野菜炒めがべちゃっと水っぽくなってしまうのが、なんだというのだ。

抱っこは、特別な時間だ。
真剣に、全身全霊で、抱っこに集中する。

なので、外出時など、移動ための手段として、抱っこはしない。
歩けるときには自分で歩かせて、疲れたらベビーカーに乗せる。
「おうちに帰ってから、ゆっくり抱っこしようね」
もし、それでも「だっこ!」と言うときには、道ばたに座り、しばらく抱きしめる。

体調が悪いとき、保育園でがんばったとき、叱られたあとなどは、バッテリーの減りが早い。その分だけ、たっぷりと充電を必要とする。

抱っこをしているときには、決して、こちらから「もういいでしょ。はい、おしまい」などと言って、途中で切り上げたりしない。
息子が完全に満足して、フルチャージされるまで、抱きしめて、待つ。

そうすると、息子はごきげんになり、こちらも育児が楽である。