テレビなし育児

うちには、テレビがない。
子供の教育に悪いからテレビを見せないという方針があるわけではなく、テレビのない家に、息子がうまれてきたのだ。

もともとはケーブルテレビに加入して、ミステリチャンネルの『名探偵モンク』とか『CSI:科学捜査班』とか、カートゥーンネットワークの『ピンキー&ブレイン』とか『X-MENエボリューション』とか楽しく見ていて、アニマルプラネットやディスカバリーチャンネルにも好きな番組がいっぱいあったし、普段からCNNをつけっぱなしで、どっぷりテレビ生活だった。
しかし、仕事に追われていた時期に「こうなると、もう、テレビを見ている時間をなくすしかない」と思い立ち、ケーブルを解約した。
そして、テレビを見なくなると、この邪魔な箱いらんな……ということになり、処分してしまったのだった。

そんなわけで、うまれたときからテレビのない生活をしている息子は、祖父母の家でテレビを見たとき、ふしぎそうな顔をして、裏側をのぞきこむという行動に出たので、「こういうべたな反応を本当にするのだなあ」と面白かった。

いまのところ、テレビがないことは子育てをする上で、メリットのほうが多いような気がしている。

・言葉がしっかりと発達する
テレビがないという話をすると「ああ、だから、ととくんはしっかりと言葉が使えるんだね」と言われて、驚いたことがある。
こちらとしては、テレビという刺激がない分、息子が知ることのできる言葉も少なくなってしまうのではないだろうか、と少し心配もあったのだ。
しかし、乳児期の発達においては「一方的に情報を与えるだけのテレビではコミュニケーション能力が育まれない」という話を聞いて、たしかにそれは言えるかもと納得した。
なんでも、日本小児科学会というところが「二歳以下の子どもにはテレビ・ビデオを長時間見せないようにしましょう。内容や見方によらず、長時間視聴児は言語発達が遅れる危険性が高まります」と勧告を出しているらしい。

・子供と接する時間が増える
おなじく子育て中のひとからは「家事をするときに大変でしょう?」と言われた。
たいてい、母親が夕飯の支度をするあいだ、子供は『いないいないばあっ!』などの幼児番組を見ているものらしい。
うちは、昼間は息子が保育園に通っていることもあり、せっかくいっしょにいられる限られた時間なのにひとりでテレビを見せているなんて「もったいない」という気がしてしまう。だから、料理などをするときも、息子とは話をしたり、二度手間になろうともお手伝いをしてもらうほうがうれしい。
なので、テレビがなくても、特に育児が大変だとか、苦になるという感じはない。

・情報過多から子供を守る
震災のあとは「テレビがなくて正解だよ。ちいさい子供にあんな衝撃的な映像を見たらトラウマになる」という意見をもらったこともある。
これはまさに、おとなでもそうだった。私はたまに市民ホールにおいてあるテレビで被災地の報道を目にしていたのだが、あまりにも壮絶な映像は直視するのはつらく、被害にあった方々の心痛を想像すると耐えきれず、ずっと見続けるのは無理だと思った。
まわりにも「阪神大震災の経験がフラッシュバックするからニュースを見ることができない」というひとがいたり、一年がたったいまでも被災地の友達などは「震災追悼の話題が多く、テレビを見るのが苦痛」だと言っていたりしていて、その気持ちはよくわかる。
目をそらすのは作家としてはどうなのかとも思うが、情報が多いからといって良い作品が書けるわけでもない。

・暴力シーンの影響を受けずにすむ
これは、親のエゴというか、こちらの都合なのだが、乱暴な子供になってしまうと育てにくい。
テレビでアニメキャラが「あんぱーんち」と言ってなぐってたり、戦隊ヒーローたちで武器を使って戦っているのを見ると、子供はまねしたくなるものである。
戦いの物語やヒーローごっこを否定するわけではない。
しかし、低年齢のうちは、ストーリーを追うことができず、ただ、視覚的に暴力を吸収してしまうので、危険だと思うのだ。
物語の構造やキャラクター配置(ヒーローと悪役)を理解できるくらいの年齢になって、虚構をそれとして楽しめるくらいまで知能が発達していれば、問題はないだろう。
子供が親のひざの上で抱かれているあいだは、刺激の強いテレビよりも、絵本を読み聞かせて、豊かな物語を体験させてあげたい。
テレビの影響がどれだけあるのかはわからないが、暴力シーンにさらされていないおかげで、息子は「おだやか」で「優しい」ので、つきあいやすい。
(このあたり、男親であるダンナとは意見の分かれるところで、男の子は「強さ」を持たせたほうが、集団社会でうまく生き抜いていけるという考えもある。だが、私は単純な暴力ではない「強さ」を息子には教えたい)

私の妹は「テレビがないと子供が共通の話題についていけないかも」と心配してくれた。
だが、一昔前はテレビの力は絶大だったかもしれないが、最近では多チャンネル化も進み、テレビによる同時代性というか、「時代の共有」「お茶の間の共通体験」という側面は薄れて、それほどまで「共通の話題」として作用していないように思うのだ。
そのときテレビで放映されているのを見なくても、たいていのものはネットであとからいくらでも知ることができる。いつでもアクセス可能なコンテンツでなければ、いまの時代、話題にはならないだろう。
それに、テレビ番組の話題についていけないのなら「それってどういうのなの?」と聞いて、友達に教えてもらえばいい。知らないことであっても、話というのはふくらませていけるものだ。

ふだんは仕事が忙しく、息抜きには読書をするという生活では、テレビは必要ない。
テレビがなくても、ニュースはラジオで聞けるし、まったく不都合は感じない。
息子も、絵本を読んだり、お話をしてあげるので、満足しているようだ。
なので、当分、テレビなし生活をつづけるつもりである。

しかし、いつか、息子がテレビを見たいと言い出したときには、頭ごなしに「ダメ!」と禁止するのではなく、聞く耳を持って、交渉に応じようと思っている。