遺伝か、環境か

以前、息子といっしょに「子育て支援センター」によく通っていた。
おもちゃがたくさんあり、安全の確保された広々としたスペースで、子供を自由に遊ばせることができて、おなじく子育て中の保護者と話をするのも、いい気晴らしになった。

そこで、三歳か四歳くらいの兄弟と知り合い、年子なのかなと思っていたところ、双子だと知って、驚いたことがあった。
ひとりはぽっちゃり型で背も高く、もうひとりは痩せ型の小柄で、ちっともそっくりではなかったのだ。
彼らは、二卵性双生児だったのである。

おなじ家庭環境で育ち、おそらくはおなじ食事を出されているだろうに、遺伝子のちがいで、こんなにも体格に差が出るのか……と感動のようなものをおぼえた。

兄弟の付き添いとして、お祖父ちゃん(その子たちにとっては、母方の祖父)がいっしょに来ていたのだが、話を聞くと、生まれたときから性格もまったくちがっていたらしい。

「こっちは娘に似て、明るい性格やけど、こっちは婿はんに似て、すぐいじけよんのや」
「おんなじように育てても、全然ちゃうもんやで」

一卵性双生児の場合は基本的にほとんどおなじ遺伝情報を持っているが、二卵性双生児の場合だとふたつの卵子が同時期に受精したというだけで、いっしょに生まれてきても、年がちがう兄弟や姉妹とおなじ程度にしか似ないのだ。

そういえば、私の友達にも「男女の二卵性双生児」がいるが、性別が異なることもあって、ちがっていて当たり前、という感覚だった。

さて、子育てをするうえで「遺伝と環境」のどちらが影響が大きいか、というのは結構、気になったりする。
いわゆる「氏か育ちか」論争というやつであるが、それを調べるのに「双子研究」なるものがあり、べつべつの環境で離れて育った一卵性双生児について書かれた文献などは興味深く読んだ。

『人間の本性を考える 心は「空白の石版」か』(NHK出版)スティーブン・ピンカー
『やわらかな遺伝子』(紀伊國屋書店)マット・リドレー
『子育ての大誤解 子供の性格を決定するのものは何か』(早川書房)ジュディス・リッチ・ハリス
といった本が特に面白くて、印象に残っている。

子供の成長や人格形成や問題行動について、親の「育て方のせい」なのか、子供の「持って生まれた素質」なのかというのは、容易に断定できるものではない。

なんでもかんでも「親の責任」にされてしまうと、子供を持つことへのハードルがあがるというか、まじめな親ほど必要以上にプレッシャーを感じてしまうように思える。

親がどのように接するかによって、子供の人生は影響を受けるだろう。
しかし、子供がどのように成長するかは、親の接し方だけでは決まらないのだ。

生まれ持った素質、遺伝子の個性というのは、あなどれないものである。
まったく似ていない双子ちゃんと出会ったことで、つくづくそう実感したのであった。