チェブラーシカと私

私がチェブラーシカと初めて出会ったのは、梅田花月シアターにあった幻の映画館シネマワイズでした。

あれは、1999年のことだったでしょうか……。
もう、十年以上も、チェブラーシカを愛し続けている年季の入ったファンです。

その頃はチェブラーシカなんてほとんど知られておらず、当然、グッズなどもなかったのですが、それでも、どうしても、もう一度、ひとめチェブラーシカを見たくて、わざわざ、ロシアから映画のビデオテープを個人輸入したのでした。(字幕は入っていませんでしたが、ロシア語の舌っ足らずな口調や哀愁漂うメロディを、ふたたび聞くことができたときの感動は忘れがたいです)

その後、シネマワイズを担当していた吉本興業のひとが、独立して、チェブラーシカ・ジャパンという会社を立ち上げ、第一次チェブラーシカ・ブームが起きました。
チェブラーシカ・ジャパン時代のグッズは、よくできていて、愛を感じるものが多かったです。
東京にあったチェブカフェにも行きました。

しかし、人気が出たせいで、問題も起きました。
版権トラブルで裁判になったときには、第三者ながらも、胸を痛めたものでした。

ちなみに、私のチェブラーシカコレクションは、大半を押し入れに仕舞ってあります。
二歳児の息子に、壊されないためです。

息子は自分用の「ちぇぶちゃん」のぬいぐるみを持っています。
友達の作家さんから「よかったら息子さんに……」といただいたので、自分のコレクションに加えたい気持ちを押し切り、息子に渡しました。
息子がちぇぶちゃんを抱きしめて寝ているすがたは、たまらなく可愛いものがあります。

数えてみると、チェブラーシカのTシャツは11枚ありました。
夏場は、ほとんど毎日、チェブTシャツを着用しています。