ジャンケンバトル

最近、息子のブームは『ジャンケン』である。

「おかあさーん、グーに、かつのは、なに?」
「パーだよ」
「そんじゃ、ぼく、パーだすから、おかあさん、グーだしてね」

そんな接待ジャンケンをしてあげるほど、私は甘くはない。

「だって、ととくん、パー出すんでしょ? お母さんがグー出したら負けるじゃん。いやだよ、お母さんはグー、出さないよ」
「じゃあ、なに、だすの?」
「それは言えない。教えたら、負けちゃうでしょ」
「ええー、グーだしてよ、おねがい」
「うーん、どうしよっかなあ……」

「さいしょは、グー! じゃーんけーん」
「ぽいっ!」

息子、パー。
私、チョキ。

おとなげなく、勝ちにいく私。

「なんでー? おかあさんは、グーっていったのにー」
「でも、ととくんは、パー出すんでしょ? それで、グー出したら負けるから、お母さんはチョキを出したんだよ」

「……わかった。そんじゃ、もういっかいね」

「さいしょは、グー! じゃーんけーん」
「ぽいっ!」

息子、グー。
私、パー。

「なーんーでー? なんで、こんどは、チョキじゃないのー?」

しかし、久しぶりに、ジャンケンという行為をしたよ。
大人になると、あまり本気でジャンケンをする機会ってないよね……。

保育園から、幼稚園へ

息子、今年の春から幼稚園の年少さんになりました。

もともと、保育園に通っていたので、集団生活は慣れていると思いきや、初日から大泣き。
逆に、保育園の経験があるからこそ、すぐに「お母さんと離れる」ということを理解して、泣いたのだろう。ほかのお子さんは、初日はまだ、かたまっている状態というか、翌日や翌々日から、状況を理解して泣く子が増えてきた。
三月末に保育園を修了して、春休みが十日以上あり、その間、ずっと、私といっしょにいたので、余計に離れるのが悲しかった模様。お迎えを待っているときにも泣き出したらしい。

しかし、翌週にはお弁当もはじまり、以前、子育て支援センターで遊んでもらったこともある女の子(年中さん)と出会って、門のところで手をつないでもらうと、にこにこ笑顔で、幼稚園に入っていった。

息子が「ようちえん、たのしくなってきちゃった」と言っているので、こちらもほっと一安心。

先生も優しいし、絵本や紙芝居を読み聞かせてくれるのが、息子はうれしいようだ。
幼稚園には良質のおもちゃや教材もたくさんあり、園庭は広く、遊具もあり、息子もすっかり気に入った様子である。

GW明けには、また泣いてしまうかなと思ったが、今日もしっかり、通園カバンを肩からさげて、手提げカバンを片手に持って、門のところで私に「ばいばーい」と手を振って、自分で歩いて、教室に向かっていったので、成長したなあ……と頼もしく感じた。

四月は午前中保育などでほとんど仕事の時間を取れなかったけれど、その分、息子とたっぷり遊んで、じっくり向きあう時間を持てたので、よしとしよう。

あと、昼寝がないので、夜、ぐずらず、すんなり早く寝てくれるのも、幼稚園に変わって、よかったなあと思う。

正直、保育園のときに比べたら、仕事の時間は半減して、出せる本の数も一冊か、二冊分は減りそうだけれども、お母さん大好き、離れたくない……なんて息子が言うのも、いまの時期だけだろうし、当分、無理せず、ぼちぼち仕事をしていきます。

好きな食べ物のはなし

バナナという食べ物が、あまり好きではない。
果物なのにジューシーさ皆無、ねちっとした喉がつまりそうな食感といい、いかにも高カロリーそうな甘さといい、基礎代謝の低い自分のような人間にとっては、敬遠しがちな食べ物だ。
我が家では、桃、苺、枇杷、葡萄、梨などは私もつまむが、バナナは息子とダンナしか食べない。
バナナを頬張るというのは、健やかさのあらわれのようで、少しまぶしい。

そんなバナナ好きの息子、寝る前に食べものトークをするのが、最近のお気に入りである。

「ばななは、なにと、あう?」
「バナナはチョコレートと合うよ。チョコバナナ、おいしいね」

「ばななとみそは?」
「かぼちゃの味噌汁はおいしいけれど、バナナは合わなさそうやねえ」

「ばななとねぎは?」
「バナナとネギも、厳しいなあ。味のパイオニアって感じやね」

「みそとけーきは?」
「うーん、味噌味のケーキは、ギリギリOKかな」

「ばななに、くりーむつけたら、おいしいんじゃない?」
「そやね。それがいい。バナナとクリームは合うって、絶対」

「まえに、おばあちゃんからもらった、くりーむ、あるよ。つなに、つけたやつ」
………息子よ、それはマヨネーズだ。

飼い主はマナーを守って

道に落ちている黒いブツに、興味津々の息子である。

「みて! ほら、あった! おおきい」
「ほんとだ。大きいねえ」
「なんで、あるの?」
「わんわんがうんこしたのを、飼い主さんがおいていっちゃったんだろうね」
「ちゃんと、もってかえって、おといれに、ながしたらいいのに」
「そうやねえ」
「めっちゃ、めーっちゃ、わるい、いぬぬしやね」

いぬぬし!?
うん、まあ、犬の主だから、間違いではないか。

おもち、たくさん、いやだ~

ある日。
おやつに豆大福を食べていたところ、息子が言った。

「まえ、おもちのごほん、だでぃさんに、よんでもらった」

うん? おもちの絵本?

「おもちが出てくるような絵本、家にあったっけ?」

私が首をひねると、息子は言葉をつづける。

「おもち、たくさん、いやだ~のごほん、おうちに、あるで」

うーん、そんな本があっただろうか……。
桃太郎のきびだんご?
でも、たくさん、いやだ~って、どういう……。
と、しばらく、考えて、はたと思いつく。

「ああ、まんじゅうこわい、か」

すると、息子の顔に「ソレダ!」という満足げな笑みが広がる。

「ととくんね、はみがき、こわい!」

いや、あの話の文脈からすると、それって、はみがきをいっぱいされることになるのだが。

王子動物園とバーン・ジョーンズ展

ダンナと息子と連れだって、兵庫県立美術館へ、バーン・ジョーンズ展を観に行って来た。

まず、神戸市立王子動物園に行き、息子をめいっぱい疲れさせる。
「ととくん、らいおん、なでなで、できるで」
自慢げにそう言っていた息子だが、ふれあい動物コーナーのひつじにびびっていたことは内緒だ。

動物園を歩きまわったあと、息子をベビーカーに乗せて、ミュージアムロードを進む。
美術館に到着したころには、息子、ベビーカーにて、お昼寝タイム。

そうして、ゆっくりと、美術鑑賞。

世界三大美書のひとつ『チョーサー著作集』が展示されていて、うっとり。
ウィリアム・モリスやジョン・ラスキンが好きなので、この雰囲気はたまらん。

バーン・ジョーンズは、画題を物語に取ったものが多く、挿絵画家としても才能が素晴らしい。
「果たされた運命:大海蛇を退治するペルセウス」とか見ていると、天野喜孝を思い出す。いや、順序が逆なんだろうけれど。

ラファエル前派って、詩情にあふれるというか、幻想性と装飾性が際だって、やっぱり、好きだなあ。
『ゲームの魔法』の挿絵を描いてくださった羽住都さんとか、お嬢様探偵ありすシリーズのHACCANさんとか、私の好きなイラストレーターさんの画風に通じるものがある。

出口で、次の特別展『フィンランドのくらしとデザイン ムーミンが住む森の生活』のチラシを見つけ、「あ、これ、見たかったやつだ」と手を伸ばしたところ、ダンナが横にあった次々回の特別展『超・大河原邦男展 レジェンド・オブ・メカデザイン』のチラシを取っていた。
やるな、兵庫県立美術館……。

そんな秋分の日でした。

褒めて育てるというか、育てさせられている

息子がひとりで、パンツをはいて、得意げに「できたよ!」と言う。
少し考え事をしていて、「うん……」と生返事をしたところ、息子から注意が入った。

「うん、じゃないでしょ! ちゃんと、ゆって!」
「え? うん、じゃ、だめなの? じゃあ、かっこいいね」
「ちがう! かっこいい、ちがう」
「えー、それじゃ、なんて、言ったらいいの?」
「んとね、……っぱね、って、いうの」

しかし、いちいち、褒め言葉に対して注文をつけてくる二歳児って、どうなのか。
そんだけ口が達者で、しっかりしているんだったら、もう、親に褒められなくてもいいのではないか、息子よ。

「わかった。りっぱね!」

すると、また、ダメ出し。

「ちがう、りっぱ、ちがう!」
「じゃあ、なに? わかんないよ。なんて言うのか、教えて」

立派じゃなきゃ、なんなんだよ……と思っていたところ、息子、答える。

「かっぱね、っていうの!」

……はあ? かっぱ?
意味がわからないが、とりあえず、言って欲しいらしいので、言ってやる。

「すごいわ、かっぱね!」

それを聞いて、息子は顔いっぱいに、満足そうな笑顔を浮かべていた。

なんやねん、かっぱね、って! それ、褒め言葉か? わけわからんわ!

育てにくい子?

保育園の夏祭りに息子を連れて行ってもらったときの話をしていて、ダンナがぼそりと言う。

「うちの息子は、どうも、やっぱり、扱いにくい子のようだね」

息子はすでに寝ていて、夫婦ふたりでの会話である。

「え? なんで、そう思ったの?」
「いや、保育園の先生の反応とか見て。うわ、問題児が来た……みたいな感じで」

あー、それはわかるかも。
そういう目で、自分も大人から見られていたなあ……と幼き日をほろ苦く思い出す。
親や教育者にとって、手がかかり、管理しづらくて、厄介な子供……。
いわゆる「いい子」とは対極にある存在だった。

日記などの文章は、私の視点で、息子を描いているので、親ばか全開モードというか、「あら、可愛らしいお坊ちゃんね」と思われる向きもあるかと思うが、客観的に見ると、彼は育てにくい部類に入るのではないかという気がする。

・好奇心が旺盛
(また、余計なことをする! いたずらはやめなさい!)

・自己主張が激しい
(もうっ、わがままばっかり! 言うこと聞きなさい!)

・口が達者
(ほんと、生意気で、むかつく! うるさい!)

そして、こだわりが強く、協調性に欠ける……。
夏祭りで撮った写真を見せられ、おなじクラスのお友達が「やさい音頭」を踊るなか、ひとり、ででーんと座っている息子のすがたに、苦笑するしかなかった。

息子にとって幸いだったのは、私自身がかつて「扱いにくい子」だったことだろう。
もし、私が子供時代に「いい子」だったら、息子に対して「どうして、ちゃんとできないの!」とイライラしてしまったかもしれない。

私はいまだかつて「ちゃんとできた」ことなんてなく、それでも、それなりになんとか生きてこれているので、まあ、息子もこの調子でもなんとかなるだろうと、彼の奔放さを面白がっている節がある。

小松左京ナイト

ダンナと息子は保育園の夏祭りに行き、私はひとり、大阪市立科学館で行われる小松左京ナイトへと向かう。

いまは児童文学を主に書く作家になっているが、実は、大学時代に所属していたサークルは「SF研究会」だったりする。
まあ、私がいた頃には、SF小説を読むというより、映像系のひとが多く、先輩方はゲーダイガーなる戦隊ヒーローをやっていたりする楽しいサークルだったのだが。

小松左京作品には特に思い入れが深いわけではないのだけれども(多才な作家だとは思うが、巨星ゆえに「私の愛する作家」という感じではない)、この年代の作家ならではの生き様には惹かれるものがあり、氏の事務所があったホテルプラザの近くに住んでいたことがあったり、いまは氏の自宅があった箕面在住だったりと、勝手に親近感を抱いて、一周年の追悼イベントに参加してきた。

今回のイベントは、プラネタリウム・ホールが会場になっていて、宇宙SFなイメージにぴったりだった。
ゲストの堀晃氏(SF作家)、福江純氏(天文学者)らの案内で、小松作品に描かれた宇宙が紹介されるのだが、ただの講演会ではなく、ゆったりとしたソファーに背中をあずけ、ドームを見あげると、氏の作品タイトルが天から降ってきたり、『結晶星団』に出てくる恒星の動きが再現されたり、『虚無回廊』の謎めいた巨大な茶筒みたいな天体の見え方を検証してみたりと、プラネタリウムならではの演出が面白い。

そして、リメイク版の『日本沈没』を撮った樋口真嗣監督の手による「小松ロケットが宇宙に飛び立ち星になる追悼映像」が上映されて、小松氏の作中の言葉が朗読されると、ああ、そうだ、これは追悼イベントだったんだ……と思い出して、切なくなる。

しかし、映像が終わると、会場は拍手に包まれ、イベントのチケットは予約分だけで売り切れたらしいことも思い出して(入り口で、創作講座の生徒さんと会って「せっかく来たのに完売してたんですよ」としょんぼり話していた)、作家の死後もこれだけのファンが集まるというのは凄いなあと、あたたかな気持ちがこみあがってくる。

帰り道、人波のなかに「眉村先生を囲む会」でお世話になっている大熊さんのすがたを見つけて、声をかける。
眉村卓先生は、私の大学時代の恩師であり、縁あって、もう何十年も続いている囲む会に、参加させてもらうようになった。

プラネタリウムを出て、星のない梅田の夜空を見あげながら、大熊さんと「平行世界」について話す。
グレッグ・イーガンの『ディアスポラ』と、眉村先生の描く「パラレルにいる自分に対する影響」の解釈のちがいとか。

家に帰り着き、まだ眠っていなかった息子から、夏祭りの話を聞く。
なんだか、とても、遠い場所に行って、帰ってきたような気分になった。

カジヒデキのライブ

作家友達の風野潮さんと、心斎橋JANUSへカジヒデキのライブに行ってきた。
なにげに、若い頃、小沢健二とか、ピチカートヴァイブとか、渋谷系が好きだったのである。

私が出かける気配に気づいて、息子がまとわりついてくる。

「どこいくの?」
「潮さんと、お歌、聴きに行くんだよ」
「ととくんも、いきたい!」
「うーん、ととくんがもうちょっと大きくなって、じっと静か静かにできるお兄ちゃんになったら、いっしょに行こうね」

いや、ライブって、そんなに静かにじっと聴き入るものじゃないか。
ここ数年、音楽といえば、クラシックとかオペラだったので、ライブのノリがわからん。

そして、ダンナにも「気をつけてね」と見送られる。
うん、心配ないよ。あなたが行くようなメタルバンドのライブとは、たぶん、客層がちがうから。

そんなわけで、潮さんと心斎橋に行き、オーガニック&ベジタリアンカフェ「Atl」で、まずはお茶。
ここのベーグル、これまで食べたことないくらいハードで、みっちりして、美味しかった。

そして、ライブはスタンディングだったけれども、人の上を人が流れて行く(モッシュ&ダイブというらしい)とかもなく、ほどよい感じで、音楽に身をゆだねることができた。
新譜の『ビーチボーイのジャームッシュ』に続いて、『甘い恋人』で盛り上がる。目の前で汗だくになって歌っているのが、キャリアを積み、四十五歳になったポップ・アーティストというので、余計に、感じ入るものがあった。
ゲストで参加していた、北海道出身のひとたちがやっているというKONCOSの音楽も好きな感じだったし、ひととき、青春や恋愛の切なさなど思い出して、楽しい夜を過ごす。

ちなみに、潮さんはふだんはロック系のライブに行くことが多く、息子さんが大学生のときにその友人たちとGREEN DAYというパンクバンドのライブに行って、人波に揉まれ大変な目にあったそうな……。
その話を聞いて、大学生になった息子とライブに行くなんて、素敵だなあと思った。

息子が大きくなって、夜遊びできるような年頃になったとき、果たして、彼は私といっしょにライブに行きたいと思うのだろうか。
ライブでなくても、共通の趣味を楽しめるような、そんな親子関係を築きたいものである。