あっくんの謎

保育園には毎日、連絡ノートを書いて、持って行く。
保護者と保育士の交換日記のようなもので、子供の言動や体調など、伝えておきたいことを記入するのだ。

・家庭での様子、連絡事項など
「最近、あっくんというお友達のことをよく話しています」

・保育園での様子、連絡事項など
「あっくん……。だれでしょう? もも組には、あっくんと呼ばれているお友達はいません。(ぶどう組にはあきひろくんがいますが、接点はないと思います)」

…………こわいよ!
このエピソードをこわいと感じるのは、私の想像力が豊かすぎるから? ホラー小説の読み過ぎ?

保育園に慣れるまで

家に帰ってきて、息子がにこにこしながら言う。

「きょう、ほいくえん、たのしかった!」

その一言に、どれだけ、気持ちがラクになることか。
ようやく、息子も春からの環境の変化に慣れ、保育園ライフを楽しめるようになってきたようで、ほっとしている。

四月のあいだは朝のお別れのときには大泣きをして、一ヶ月たって、少し落ちついたと思ったら、GWがあるので、その休み明けにはまた泣き出してしまって……で、六月になれば、新しい保育士さんとも仲良くなって、機嫌よく通えるようになってくれるはず……と思っていたのだが、まさに、そのとおりだった。

もう少しすると、息子の大好きなプールもはじまるので、ますます、保育園が楽しいところになるだろう。

最近では、朝もまったく泣かずに「ばいばーい」と素っ気なく手を振って、保育園のおもちゃへと向かっていく。

それどころか、お迎えの時間がいつもより早かったりすると、あからさまに嫌がられ、手で追いはらわれてしまうのだ。

「まだ! いまから、あそぶところだから」
「ぴーぴーばっくちゃん!(後退して返れの意)」

うう、早く会いたくて、急いで来たのに……。

息子の愛車

少しまえのことなのだが、保育園にお迎えに行ったとき、保育士さんが「もう、ととくんが、かわいくて~」と笑いながら、教えてくれた話である。

保育園の子供たちが、おうちの車がなにか、という会話をしていたらしい。

「こうちゃん、ぼるぼ!」
「みーくん、びーえむ!」

そこで、息子が一言。

「ととくん、べびーかー!」

保育園への葛藤

息子、朝ご飯を食べている途中に、くすんっくすんっと泣き出す。

「ええっ、ととくん、どうしたん? なんで泣いてるの?」
「ほいくえん、いきたくないの……」
「ああ、保育園な。保育園のこと、考えちゃったのか」
「いやなの。ずっとずっと、おうちにいたいの」
「そっかあ、おうちにいたいのね。はい、ご飯食べて。自分で食べる? 食べさせてほしい?」
「かあちゃん、たべさせて」
「ほら、あーん」

ここでのポイントは、「保育園に行くか、行かないか」という議論に持ち込まないところである。
彼の「うちにいたい」という思いは受け止めてあげるが、泣くのが可哀相だからといって、要望を叶えることはしない。
そして、朝食を済ませて、着替えをしていると、息子はしょんぼりとつぶやいた。

「ほいくえん、いきましょっか」

観念したような、なんとも、ちいさな声で、しかし、精一杯の気持ちをふりしぼっての言葉に、こちらも、ほろりときそうになる。
ベビーカーに乗っているときには、自分で自分を鼓舞するように、息子は言った。

「きょう、ほいくえんで、あさから、なかないよ」
「くるりんして、あーくしゅで、ばいばい、するの」

実際、保育園の教室に入ってからは「だっこ、だっこ~」としがみついていたものの、いざ、別れる段になると、くるりん(両手をつないで、私の体をかけのぼるようにして一回転)をしたあと、泣きべそかきながらも「ばいばい~」と手をふって、見送ってくれた。

うちにいたいという気持ちと、保育園でがんばりたいという気持ちの葛藤が、息子のなかにもあるらしく、なんとも健気である。

保育園の双子ちゃん

双子が好きである。
実際に育てるのは大変なのだろうなあと思うが、見ている分にはとても愛らしく、心がなごむ。
おそろいだったり、色違いの洋服を着て、ふたりで仲良くじゃれあっている双子ちゃんの可愛さは格別だ。

息子の保育園のクラスにも、そっくりな双子ちゃんがいて、お迎えに行くたびに、その可愛さに癒される。
毎日、送り迎えのときに顔を合わせているおかげで、双子ちゃんは私のことをおぼえてくれたらしい。
お迎えに行っても、息子は遊びに夢中で、教室に入ってきた私に気づかなかったりするときがある。そういうとき、双子ちゃんのひとりがいち早く「あっ!」と言って私のことを指さすと、息子のところへ「きみのママ、きたよ」と伝えるように行ってくれるのである。
その可愛らしいすがたに感激しながら、私は言う。

「だれのママか、わかるの? すごいね~」
「お迎え来たよって、教えてくれるんだね」
「ありがと~。えっと、カイくんかな? ハルくんかな?」

そう、双子ちゃんのうち、どちらがどちらなのか、私には見分けることができないのだ。
双子ちゃんのお母さんはもちろん、保育士さんも見分けがつくようなので、さすがである。息子もなんとなく、カイくんとハルくんのちがいをわかっているようだ。

双子の片方だけをぱっと見て判別できるというのは、親しさのバロメーターのような感じで、ちょっと憧れるものがあったりする。

保育園、新年度への心構え

三月、別れの季節だということを感じ取り、保育園で朝から泣くようになった息子であったが、しっかりと説明をしたことがよかったのか、少し落ちついてきた。

「もう少しあたたかくなったら、春になるの」
「はる? たんぽぽ?」
「そうそう、春になったら、ととくんは、もも組さんになります」
「ももさん、なる?」
「そうだよ。おっきいお兄ちゃんの、もも組さんになったら、先生も、新しい先生になるんだよ」
「のんたんせんせいかなあ?」
「ノンタン先生かなあ? ととくんは、ノンタン先生がいいの?」
「ととくん、のんたんせんせいがいい!」
「新しい先生、ノンタン先生かなあ。どんな先生か、楽しみやねえ」

家で、息子がリラックスしているときに、抱っこをしながら、そんなふうに説明をした。
それから、朝、新しい保育園の保育士さんが引き継ぎで来られていたので、お名前を聞いてみた。

「新しい先生は、ミホコ先生っていうんだって。ノンタン先生じゃなかったね」
「ととくんも、ミホコせんせ~って呼んでみたら?」

まだ息子は少しおびえて、名前を呼びかけるどころか、腰が引けている様子ではあったが、まずは親である私が新しい先生と親しくなることで、徐々に警戒感も薄れていくといいなあと思う。

朝、保育園で

私が立ち去るときに、息子が大泣きするのである。

去年の春から、保育園に通い出した息子。最初の一ヶ月は泣いていたが、次第に慣れ、保育園が楽しいところだとわかって、笑顔で「バイバイ」してくれるようになった。最近では、保育園が大好きで、お迎えに行っても「まだ!」と言って、帰りたがらないほどだったのだ。

それが、このところ、また、朝の大泣きがはじまってしまった。

実は、来年度から保育園の運営形態が変わり、いまの先生たちはいなくなり、四月からは名前も変わって、場所はそのままだが、新しくべつの保育園になることが決まっているのだ。そのことを敏感に察知して、不安を感じているのだろう。引き継ぎや研修のために、見知らぬひとが教室にいたりするのも、息子はおびえている。

今回の保育園の引き継ぎに関しては、役所の説明が二転三転したり、不信感を抱かせるような対応があって、保護者である私も動揺している。そのことも、きっと、息子は感じ取っているのだろう。親の不安は、子供にも伝わってしまうものだ。

一年かけて、やっと信頼関係を築いてきた先生が、ある日、突然、みんな保育園からいなくなってしまうなんて、とてもショックだと思う。
いまの保育園には満足していて、先生たちもいい保育士さんばかりだっただけに、私としても、残念でならない。

去年の春、保育園に預けはじめたころには、息子はまだ言葉を話すことができなかった。
そのとき、私は「せめて、話すようになっていれば、預けるのにもこんなに不安を感じないかも」と思ったりもしたのだが、実際、話すようになったいまでは、言葉でも訴えてくるので、余計に込みあげてくるものがある。

「さみしいよう、かあちゃん、いっしょにいて」
「ほいくえん、かあちゃん、いないから、いやだ」
「かあちゃんと、だでぃさんと、ととくんと、さんにんで、ほいくえん、いきたい」
「ほいくえんで、いっしょに、おやつ、たべよう」
「かあちゃん、おしごと、しないでー」
「いやいや、さみしいさみしい、かあちゃん、いっしょに!」

保育園に預けるというのは、悩みに悩み、考えに考えた末、決めたことだ。
実際、私の姿が見えなくなって、しばらくすると、息子は機嫌よく、おもちゃで遊んだり、おやつを食べたりしているらしい。
それでも、大泣きする子供を残して立ち去るのは、後ろ髪を引かれ、身を切られるように、つらいものである。